ブランディングは注意が必要

どんな業種であれ、ブランディングはとても重要だとされています。

ブランディングは、まず「ブランド」をつくることから始まります。

ブランドとは「企業や商品・サービスを識別させた、顧客が抱く共通のイメージであり、無形の価値」です。

そしてブランディングとは「自社ブランドを市場に根づかせ、顧客に感情移入を促していく広告宣伝やPR活動」です。

ブランディングをする上で、僕が大切だと思っていること。それは、ブランディングは競合他社との同質化を防ぐことであって、差別化ではないということ。

意識の問題なんです。結果的に「差別化」と同じだと受け取られるかもしれませんが、繰り返し言いますが「意識の問題」です。

はなから「うちはあいつらとは違う」と言う排他的意識でブランディングするのは、危険だと感じています。

排他的感情をチカラに変えるよりも、比較対象とならない商品やサービスを創造する方にチカラを注いだ方が、気持ちいい競争ができるし、おもしろいものを作ることができると思います。

とある超人気飲食店があります。オープン当初から様々なグラフィックをさせていただきました。この数年で急成長し、今年に入り新しい店舗もオープンし、毎日行列ができています。

ここのオーナーは自分でデザインしたいタイプの方で、僕は少し手伝った程度でした。

というのも、オーナー自ら「ブランディング」を意識していて、それが揺るぎない信念のもと確立されていたから。

しかし、気になる点がありました。

人気があるお店だったため「地域のマルシェやイベントには出店はしないんですか?」と尋ねてみたところ、「うちはローカルのそういうイベントには出ません。ご縁のある東京の◯◯さんが主催するイベントとかには出ますが。うちのブランディング的に、ローカルはお断りしてるんです。」とな。

はたして、これはブランディングなのだろうか?

やはり排他的意識でブランディングをするのは、自分の首を絞めているように僕には映ります。

「うちは他所と違って、こうだから」と言う思いは、競争する上では仕方がないでしょう。

ただ、商売以前に「人」としてはどうなんでしょう?

魅力ある商品やサービスを提供してるのに、いつも来てくれるお客様のほとんどは「ローカル」なのに。

個人的な気持ちだけど、結局自分のことしか考えない人に魅力を感じないんですよねw

まあ、とにかく「排他的感情から生まれるブランディング」をしないよう、僕は心がけています。

お客様のお客様が何を求めているか。

お客様のお客様が何を求めているか。

それを知ることがとても大切だと思うんです。

例えば、クライアントA様のデザイン制作案件。

デザインを考える時、必ずお客様のお客様、つまりユーザーが何に悩んでいて、何をクライアントに求めているのかを徹底して考えなければいけません。

予算などの制約を考慮しながらも、答えはそこから導かないとオリジナリティもなく安パイな、他社と差別化できないデザインになります。

クライアント様のデザインを刷新したい理由が「業績を上げたいから」とか「知名度を上げたい」とかが理由のうちは、その場凌ぎのデザインにはなりますが長続きはしないと思う。

長い時間をかけながら、クライアント様の価値を浸透させていくことが何より大切だと思います。

近年「バズる」とか言いますが、別にバズる必要はありません。

とにかくアプローチを繰り返し、浸透させ、根付かせることが肝心です。

あんた、自己防衛の天才かw

人の世は、良いこともあれば悪いこともあります。
トラブルだってもちろんある。
今はお付き合いしていないけど、こんな人がいた。
仮にAさんとしよう。
AさんがいてBさんがいた。どちらも仕事でもプライベートでもお付き合いがあった。
ある日、Aさんが僕にこう言った。
「Bさんとすすめてた案件さ、Bさんがえらい失敗をしてくれて参ったよ」と。
そんな調子で、Bさんが悪いといろんな人に言いふらしていたようだった。
「まあ、気をつけないとな」と思いつつ、あまり気にしてなかった。
Bさんは「私が悪かった」と正直に非を認めてた。

個人的には、誰かと誰かがトラブルになった時、基本的に正直に謝れる人を信用する。
でも、腑に落ちなければどちらとも距離を置く。

その後も、何かにつけてAさんは何かあるたびに他者を批判してたので、少しずつ距離を置くようにした。
すると、今度は僕を攻撃しだした。
要するに、Bさんなど自分が批判したい他者と交流を持っていることに腹が立っているんだろう。
そして被害者ヅラをしている。
「ねえねえ、僕、みんなにわかってもらえないの」って感じで、あることないことを吹聴しまくる。
そこに「よしよし」と言って一緒になって傷を舐め合う同類の仲間ができる。
自分を守るためなら何でもするような人たち。
なんて不幸なんだろうって、心底思う。
悲しさだけが残るな。

僕の中ではAさんとはとっくに縁を切っている。
自己防衛のつもりが、大切なものを失ってる。

あとになってわかったことだけど、前述したAさんとBさんのトラブル。
失敗をしたのはAさんだということが関係者の話でわかった。
問題が明るみになる前に「あいつが悪い」と吹聴して自分の味方を増やそうとしてたのだ。
Bさんは大人しい性格だったため、荒波立てず静かにしてたようだ。

世間ではよく「声が大きい人の意見が通りやすい」と言われてる。
声を大きくあげる人が善良な人だったら良いけど、悪い人だったら良からぬ方向に進んでしまうっていうことも。
よく見極める必要がある。

悪意は、善意の顔をしてやってくる。

悪意は、善意の顔をしてやってくる。

あなたのため、誰かのためっていう時は注意が必要だ。

良いことを言ってくれるのはありがたいことだけど、本心は見破られてるよっ。

結局はマウントとりたいとか、自分の得のことばかり考えてるんだよね。

そういう人とは距離を置いています。

そういう人は自分のことしか考えていないからねー。

他人が気になって仕方がないんだろな。

どうぞ放っておいてくださいw

自分の足で、地に足つけて、自分の責任のもと生きていますんで。

トスカとは?名前の由来について

打ち合わせなどでお客様に会った時など、いつも聞かれることが2つあります。
1つは「キッチンカーで何かフードを販売されているんですか?」
もう1つは「トスカってどういう意味なんですか?」

乗っているクルマがキッチンカーっぽく、さらに「TOSCA KITCHEN」と屋号が書いてありるためキッチンカーだと言われるのは仕方がないですねw「DESIGN WORKS」は書くのが面倒になりやめました^ ^

さてもう1つの問い「トスカ」とは何かということを書いていこうと思います。
トスカはロシアの言葉です。タスカーと発音するのかな?
二葉亭四迷がトスカを「塞ぎの虫」と訳しました。
意味は「憂鬱」です。なんて暗いww
でもトスカは単なる「憂鬱」ではなくて、その憂鬱があるからこそ前を向いて生きていける、そんな概念です。

昔、極寒のシベリアにある農村に住む農夫たちが次々と消えるという現象がありました。
その風土病みたいなものを「トスカ」と言ったそうです。
なぜ農夫たちは消えたのか?

それは、世の中のことを知らずにひたすら畑仕事をしてきた農夫たちがある日、沈みゆく大きな夕陽の美しさに気づき魅了されます。その沈んでいく夕陽を追いかけて、鍬を捨てて森へと消えていきました。
全てを放り出して夢中になって追いかけてしまうほど魅了されるって、素敵なことだなと思いました。

21歳の頃、僕はどん底にいました。
様々な問題が一度に押し寄せ、完全に自分を見失っていました。
暗いトンネルをずっと歩いているような、そんな時期が続きました。

徐々に問題は解決へと向かい、やっと解放される!と喜んだ夏の日の朝。
嘘のように大きな朝日を見ました。
その頃、デザインの仕事に憧れてて、僕が見たのは大きな朝日だったけど「トスカ」と名乗ろうと決めました。
あんなに大きくて眩しい太陽は、あの日以降も見たことがないです。

誰だって幸せになりたいし、幸せが続いてほしいと思っています。
ただ、不幸を知らない人は、やはり痛みを知りません。
憂鬱は決してマイナスなものではありません。
人をより強くするものだと思います。

トスカについて、わかりやすい説明をしているサイトを見つけました。
https://jp.rbth.com/arts/83655-roshia-teki-yuusyuu-toska